知人がオーケストラのコンサートで演奏すると聞き、演奏会場がある京成臼井駅を訪れた。千葉県佐倉市にある京成本線の停車駅で、京成上野駅からはおおよそ一時間。思い立った時に日帰りで訪れられる距離感だ。
駅周辺にはコンサートホールの「佐倉ハーモニーホール」や「神名社」という神社、そして「イオン臼井店」がある。イオン臼井店の3階には伝説の野球選手・長嶋茂雄のねぶた「長嶋ねぶた」が展示されていた。


知人のコンサートが午後3時に終わったので、そこから印旛沼公園を目指して少し遅めの散歩を始めることにした。季節は3月中旬、少し暖かくなりつつある絶好の散歩日和だ。
臼井さんぽ

住宅街の階段を上ると、高台に「宿内公園」が現れる。広場がいくつかあり、臼井の街並みを見下ろせるのが気持ちいい。道中には道誉上人の墓、長源寺、明治天皇臼井行在所の記念碑に道路元標などが点在しており、歩いていて街の歴史を垣間見ることができた。
街はどこか一昔前の空気をまとっているように感じる。駅から離れ、印旛沼に近づくにつれ空き地が増え、地平線さえ望めるようになってきた。景色が開けるたび、目的地の湖沼が少しずつ近づくのがわかる。


印旛沼と舟戸大橋

ついに印旛沼を望めるところまで来た。湖沼の手前には「舟戸かっぱ公園」があり、実態は公園というより土手の広場という感じだ。印旛沼沿いにはサイクリングコースがぐるりと続いているのだが、この公園はサイクリングの休憩所のようにも使われているのだろう。
かっぱ公園の名の通り、かっぱのオブジェがあちこちにいて、歩くたび目が合う。なぜここが“かっぱ公園”と言うのかはわからない。ただ、河童は沼に出没すると言うし、印旛沼にもそんな伝承が残っているのかもしれない。
舟戸は昔、上総から常陸へ通じる道の渡船場だったという。また、印旛沼で魚や貝を捕る漁師たちの船溜の場所にもなっていた。今でも周辺には小型の舟やボートが停留する光景を見ることができた。

そこから舟戸大橋を渡る。舟戸大橋は印旛沼に掛かる橋で、車などの交通量が多かった。橋から見る印旛沼は大きな湖のようだ。小型のボートが湖沼を走っていた。
県立印旛沼公園

橋を渡ると歩道のない道が続くので車に注意して進もう。左側には畑が広がり、まるで田舎の風景のよう。一軒家のエリアを抜けたところで「県立印旛沼公園」の入り口に着いた。
ここは師戸城跡で、城跡の保全を目的の一つとして公園が開設されたという。師戸城は、千葉氏の一族である臼井氏の居城である臼井城の支城として十四世紀に築かれたといわれる。城主は定かではないが、臼井氏四天王の一人「師戸四郎」が関係していると考えられているらしい。中世城郭としての様式をよく残しており、歴史的価値が高い。当時の情景を想像しながら、城を攻める気持ちで進んでいった。

入口から上り坂を進むと、まず遊具のあるちびっこ広場と芝生広場が出迎える。空堀が残っていて、ここが城だったことを静かに物語っている。さらに進むと自由広場が広がり、形から野球場として使われていそうなのが伺える。その先には梅園があり、大きな東屋が立つ。満開の季節なら、ここから眺める梅はきっと格別なのだろうと冬の景色に想いを馳せる。


公園からは周辺地域を見渡すことができ、畑や川、はるか遠くのマンションなどが見える。そしていよいよ印旛沼公園の見どころである“本丸”が近づいてきた。頂上には芝生広場と花木園が現れ、ベンチがいくつも並ぶ。休日には家族や団体客がお弁当を食べているという。
そして最後にして最大の見どころが展望台だ。ここからは印旛沼の大パノラマを眼下に眺められる。湖沼は視界に収まりきらず、右から左へ視線を移してその大きさを確かめる。さすが千葉県最大の湖沼だ。展望台の近くのベンチに腰を下ろし、持ってきたiPadで記事の執筆を進めていたが、印旛沼を眺めながらの仕事は驚くほどワーケーションが捗る。ここで印旛沼を眺めながらご飯を食べてもいいだろう。暗くなる前に帰らねばならないのに、できるだけ長くここに居たいと思ってしまう。


まとめ

帰りは来た道を引き返すように歩いた。この辺りはバスが通っていないので、暗くならないうちに帰ろう。ふと振り返って印旛沼を見ると、夕日が水面に反射して幻想的に光っていた。印旛沼は夕日が人気だと聞くが、なるほどこれは人気な理由も頷ける。もしかすると、帰路こそが最大の見どころなのかもしれない。東京から一時間半ほどで訪れられる湖沼を、ぜひその目で確かめてほしい。


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